
アレシスADAT:デジタル録音の歴史
1991年、音楽を形作る技術に大きな変化が訪れました。アメリカの会社、アレシス社が開発した「エーディーエーティー」(アレシス・デジタル・オーディオ・テープ)という機器が、それまでの録音方法を大きく変える力を持っていたのです。この機器は、家庭用ビデオテープの一種であるエス・ブイエッチエス・テープを使って、音をデジタル方式で記録するものでした。デジタル方式とは、音を数字の列に変換して記録する技術のことです。従来の音をそのまま記録するアナログ方式と比べて、雑音が入りにくく、質の高い録音ができることが特徴でした。また、テープを巻き戻したり早送りしたりする手間がなく、必要な部分だけをすぐに呼び出して編集できる手軽さも魅力でした。それまでのアナログ式の録音機器は、高価で大きく、操作も複雑だったため、専門の技術者でなければ扱うのが難しいものでした。ところが、このエーディーエーティーは、比較的小さく、操作も簡単で、しかも価格も抑えられていたため、多くの音楽制作者にとって手の届く存在でした。そのため、これまで高価なスタジオでしかできなかった高音質の録音が、個人の作業場でも行えるようになったのです。まさに、誰でも手軽に高音質の音楽制作ができるようになった、画期的な出来事でした。このエーディーエーティーの登場は、音楽制作の世界にデジタル化の波をもたらす大きな転換点となりました。デジタル録音は、その後の音楽制作の主流となり、今では、ほとんど全ての音楽がデジタル方式で録音・編集されています。エーディーエーティーは、まさにデジタル録音時代の始まりを告げる、重要な役割を果たした機器と言えるでしょう。